神道禊教
神道禊教 宵宮神事 庭火

■ 神 道 禊 教 ■


葬祭関連サイトリンク

公営社
葬儀相談ドットコム

更新年月日
2016.11.22
2015.12.02
2015.04.07
2013.10.01
2012.12.08



■ みたままつり ■



人の祈りと御霊について

葬祭後に執り行う祭事(みたままつり)について

平成29年祭祀(式年祭)予定

 

御霊祭についてのお問合せと申込み


 
  (2009.12.17)


 ■人の祈りと御霊について

 ● あの世とこの世 身罷るということ − 自然の摂理 −

 千早振る神よりいでし人の子の罷るは神に帰るなりけり
 
 この歌ほどに日本人の御霊に対する考え方を明確に伝えた歌は無いと云えましょう。

 宇宙開闢の時、この世を貫く喜びの心と共に神が生まれ、神から人は生まれてきました。
 次元を異にして重なり合い存在する「あの世」と「この世」という二つの世界、
 神道でいうところの「あの世」つまり「高天原」という神の世界は、「この世」と全く変らずに、
 神様やご先祖様の御霊達が寄り添い合い暮らし、いつでも「まこと」一つになって語りかければ
 通じ合うことができる身近な世界であり、共に助け合い、栄えあう関係、身近な世界と、
 日本民族は考え、神々と共に生きてきました。
 人は、太元の神の生成発展の気が産霊の神の縁によって凝り固まり、体を成し、この世に生れます。
 そしてこの世の一生の事を勤め納めれば、身と離れ、御霊一つの存在になります。
 人を生かしていた御霊は、神の分霊ですから、宇宙始めの喜びの心が本来の姿です。
 身罷れば、御霊本来の働きに従い、太元の神の気に帰り行く。
 これが自然の理です。

 ● 御霊が神上がるということ − 祈りと儀式の大切さ −
 御霊ひとつになった人の御霊は、その本来の働きのままに、元の気、神の気に帰り行こうとします。
 しかし故人の御霊は一人、神の御元へ帰り上がって行くのではありません。
 人には身があるが故に、神心から離れた我儘勝手の心から生ずる様々な思いはからいが生じます。
 それを神道では「身心」と云い、
 過ちや罪や穢れの元と考え忌み嫌い、常に清浄たらんことを大切にして参りました。
 故人がこの世に遺した身心、遺族が故人に向ける身心は、
 この世への執着となり、御霊が神上がる時の重しとなってしまいます。
 身心は神の世界(あの世)の心ではなくこの世の心ですから、
 御霊に神上がって頂くためには、
 この世からの親族の方々の「神上がりください」という身心無きまことの祈りと、
 身心が浄化するための儀式が必要なのです。
  
 ● この世からの祈り − 御祭の心 −
 御霊は天に属し、身心は地に属すといわれます。
 天地自然は、物事が自ずと浄化しゆく為の力を持っています。
 御霊が清浄になり、人を育み行こうとする神心一つ御霊本来の働き一つとなり、
 あの世とこの世が一つ喜びの心で満たされることを一途に信じて
 この世の最善を尽くして奉仕をするということが神道の御祭(儀式)です。
 特に、葬祭から五十日の忌明け、埋葬までの御祭は、
 その身心近き人々、つまり親族が身心を捨て、故人の御霊のためだけに祈り、
 故人の御霊が身心なき、清らかな神の御霊だけとなって神上がっていただけるように
 祈りを捧げる期間であり、この世の心である身心を地に返し、
 大地自然の力を得て御霊を浄化して頂くためのそれぞれの儀式であるとも云えましょう。
 そういった親族の方々の「まこと」を込めた「神上がりください」との祈りが故人の力となり、
 天に属する御霊は、神上がり子孫を守る神となり、
 地に属する身心は、大地自然の御威力によって浄化され、御霊の更なる力となって行きます。
 また、神上がられた御霊様達の食事となり、この世の私達をお守護り下さる力となるものは唯一、
 ご親族の「祈る心」です。
 神饌物を御霊に捧げても実際に食される訳ではありません。
 神饌を捧げようとするその心を御霊は食されるのです。
 御霊の世界は形無き世界、神の世界は身無き世界です。
 故に御霊様達は、この世の「心」を食とされているのです。
 母の乳房に縋り乳を飲んで体を大きく強くしてゆく赤子のように、
 御霊様も私達の祈る心を食とされ、あの世でのこの世を守る力を大きくされて行くのです。
 次元を異にして重なり合い存在する「あの世」と「この世」という二つの世界は、
 「まこと」というものによって結ばれ貫かれる世界です。
 昔から「信心ある家は必ず栄える」「祈りある家に亡びる家無し」といわれますように、
 日々、御霊様に手を合わせ、あの世とこの世、共に栄え合おうという心がけが肝心であり、
 そのことを一途に信じて、この世の最善を尽くして奉仕をする、それが御祭の心です。
 折々に神前や先祖の御霊様にお参りをし、日々の御加護に報恩感謝の祈りを捧げ、
 共生き共栄えの生き方の実践をして参りましょう

このページの先頭へ

 ■葬祭後に執り行う祭事(みたままつり)について

 葬儀が滞り無く厳修された後に執り行うべき祭事は下記の通りです。
 往古よりとても大切な御祭として執り行われております。

 ●帰家祭
 葬場祭・告別式と火葬ノ儀が終り、御遺骨を捧持して自宅に帰ったことを御神霊に奉告する儀式です。
 ●毎十日祭
 故人が無くなられた日から十日毎に慰霊の御祭祀を執り行います。
 神道では亡くなられた日から満で日数を数えて祭祀を執行します。
 ●埋葬祭
 御遺骨を五十日の忌明けを過ぎて家庭に納め置くことはできません。
 埋葬ノ儀は五十日祭までに執り行うことがよいでしょう。
 ●五十日祭
 故人の身心も浄化されいよいよ家を守る祖霊様となられる大切な儀式です。
 この日まで忌中といって故人の御霊だけに奉仕します。
 ●百日祭
 亡くなられた日から数えて百日目の日に親族が集まり、慰霊の祭を執り行います。
 ●忌明けの祓い式
 五十日祭を執行すると共に忌明祓式を執り行います。
 これを以て喪の穢れを祓い神殿と祖霊殿の扉を開け通常の奉仕を開始します。
 ●合祀祭
 忌明祓式が済み穢れが祓われたところで、故人の御霊を祖霊と共に祭る儀式です。
 五十日か百日のご祭祀に合わせて行います。
 ●新霊合祀祭
 東京本部大教会祖霊殿広前において、新霊合祀祭を春秋の合同祖霊祭前日に執り行い、
 その本津御霊を永久の鎮めとしてお祀りいたします。
 新霊遺族には翌日の祖霊祭席上において合祀證を伝達いたします。
 ●一年祭
 故人の始めての命日に執り行う祭祀を一年祭といいます。
 故人の家守る御霊となられて始めての式年祭です。
 ●三年祭
 故人の三回目の命日に執り行う慰霊祭を三年祭といいます。
 故人の遺徳を偲び、共に栄え合うことを喜び合います。
 ●五年祭
 故人の五回目の命日に執り行う慰霊祭を五年祭といいます。
 三年祭同様に執り行いますが、命日近くの日曜日に斎行しても結構です。
 ●十年祭
 故人の十回目の命日に執り行います。
 これ以後五年毎に慰霊祭を執り行いますが、十年毎のご祭祀を大きくご奉仕してゆきます。
 ●五十年祭
 故人の最後の慰霊祭となります。
 これ以後は「遠津御祖代々祖霊等」として、御祭を春秋の祖霊祭に行ってゆきます。

このページの先頭へ

   

 ■平成29年(2017)祭祀(式年祭)予定

 ●一年祭   平成28年(2016)帰幽
 ●三年祭   平成26年(2014)帰幽
 ●五年祭   平成24年(2012)帰幽
 ●十年祭   平成19年(2007)帰幽
 ●十五年祭  平成14年(2002)帰幽
 ●二十年祭  平成 9年(1997)帰幽
 ●二十五年祭 平成 4年(1992)帰幽
 ●三十年祭  昭和62年(1987)帰幽
 ●三十五年祭 昭和57年(1982)帰幽
 ●四十年祭  昭和52年(1977)帰幽
 ●四十五年祭 昭和47年(1972)帰幽
 ●五十年祭  昭和42年(1967)帰幽

このページの先頭へ

 
         


 ■みたままつりについてのお問合せとお申し込み

  神道禊教東京本部教務庁  TEL:03−5614−8551

 

Copyright (C)2003 MISOGI−KYOU SHINTOISM All Rights Reserved.
無断転載、複製、複写を禁じます